牛歩村日記? Like a snail's pace?

日々平穏に暮らしていれば、自から幸せになれると言いますが‥?いろいろ雑音が‥

ヤナギダ クニオ‥?

連休前にNHK第一の番宣(番組宣伝)で柳田クニオ特集があるって聞いたので、楽しみにしていた。
大型連休中の祭日の特番(特別番組)で、4/30の15時から2時間って事らしい。

当日は丁度、山口県萩市市街を走っており、NHKラジオの受信状態が悪いのか車の電装品のノイズが悪いのか受信が良くなく断片的に番組が始まる‥ついでにトンネルなんかがある‥
氏のインタビューを中心に話が始まる‥ナニナニ、NHKの元職員だったてぇ~?‥‥オカシイ‥‥

始めにオチからなんだけど、民俗学者柳田國男氏でなくて、ノンフィクション作家の柳田邦夫氏だった。って言うか、実際に今まで混同していたのも事実‥(^_^*)

柳田邦夫氏の著作は、御巣鷹日航機が墜落した当時から航空評論家として知られており、富士山、雫石、函館と赴任や遊びに行く所に必ず航空慰霊碑なんかがあった関係で『マッハの恐怖』『続・マッハの恐怖』等 の著作は読んでいた‥

ちなみに柳田國男氏は、1875年(明治8)~1962年(昭和37)の『遠野物語』等で知られる日本の民俗学を学問として構築したヒト。こちらも偉大なヒトだ‥

そんな番組の中で、気が付いた点をいくつか‥

『書くとは、混沌としている事を文脈で繋いで行く事』
『蚕の繭から糸を紡ぎだす様なもの』

『ココロを整理する』
『漠然と夜空で光っている星を繋げて星座を創る‥」

ふんふん、日頃聞き流しているニュースや事象に関して“此処”に文章としてズラズラと書き連ねている僕の心情もそんな感じだ。
『やだな』『変だな』‥『素晴らしいな』『見習いたいな』『自分もそうなりたいな』
『そんな世界もあったのか‥』『そんなモノの見方もあったのか‥』
と、ココロに残る事を断片的に脳裏にメモして(最近は携帯で此処にメモしているけど‥)文語化する事で自分の混沌を整理している。筆?ペン?を持つ代わりにキーボードを叩く事になってはいる。
(コレには電源と機器が必要なのだけど‥)

また、柳田邦夫氏は御自身の次男がココロを病んだ末に25歳で自ら命を絶たれた事を話され、そんな事象からか『2.5人称』のモノの見方について推奨している。

『知識や情報のレベルで理解する事と、ココロや全身で“揺さ振られる”想いで“本当に”判る事は違う』(傍点、僕)
その違いを知る為に必要な視点として2人称でもない3人称でもない『2.5人称』って訳だ‥

『(第3者が)冷静で客観的に判断する立場を維持しながらも、当事者に対して当事者(1人称)、家族(2人称)だったらという視点が求められる』と言うもの‥

1人称→当事者、被害者、患者、障害者本人
2人称→その家族
3人称→友人、知人、仕事でかかわる人、赤の他人
    行政官、法律家、医療者、福祉従事者、教育者、ジャーナリスト

『業務の中で、確実に活かせる様な組織作り‥
専門的職業人は一人一人身に就けなければならない‥』
コレは近頃の日本航空の安全の顧問?としての立場からだけど、もちろん全ての仕事や対人関係にも当て嵌まるだろう‥

当たり前の様に聞こえるが、ソレが出来れば“世の中”もっと良くなるだろう
『環境問題』『江戸しぐさ』等々、心当たりのある事象は近頃目に付く‥
自分だけやってどうする‥、自分が投票に行かなくても‥、自分がゴミを拾ってもこんなに落ちてるじゃないか‥、って思うけど“なるほど”と思った事は、ココロに留めて‥“心掛け”しよう‥

そんな事を、運転しながら考えた‥

「柳田邦男・70歳 いま伝えたいこと」言葉と心の再生を‥
連休中に断片的に聞いていたけど、自宅でMP3録音してあったので、通勤しながらじっくり聴いた‥

ちなみに柳田國男氏は「やなぎだ」でなく「やなぎた」だそうだ‥